過去2回にわたり、2023年のマーケットスイング要因について解説してきました。 今回は最後に、2023年の投資戦略について説明します。尚、今回のパート3は前編と後編の二部に分けて解説します。
2023年の投資計画を検討する上で、重要な点が3つある。2023年及びそれ以降に経済と市場がどう展開するのか、ベースラインのインフレ目標2%を達成する見込み、そして合理的に予想されるカタリストが市場に織り込まれているかである。
2023年およびそれ以降における市場の見通し
最新の雇用統計とCPIは、米国経済の堅調さとサービスインフレの持続を実証した。 まず、CPI中央値は依然として高く、前月比0.4%、前年比6.9%の上昇を示した。 コアサービスからシェルターを除いたインフレ率は前年比7.4%増であった。 このことは、FF金利がサービスインフレを大きく下回っており、この指標で見るとより制限的である必要性があることを示唆している。
最新の雇用統計は賃金インフレが減速する初期の兆候を示した。 しかし、失業率は3.5%に低下し、失業者一人当たりの求人倍率と民間雇用者数はともにわずかながら上昇するなど、雇用情勢は依然として堅調である。 このように賃金が低下しても労働市場がフル稼働を維持する傾向が続くとは考えにくい。
これらのデータは、前回の記事で述べた消費動向と相まって、現在の景気循環の頑強さを打破するのは困難であることを示唆している。 従って、コンセンサスの高まりとは裏腹に、サービス産業を中核とする経済が急速に減速することは考えにくく、FRBは現在の債券市場の予想よりも長く引き締め路線を維持することになると考えられる。 一方、債券市場は2023年下半期からの利下げを織り込んでいることから経済と労働市場が急速に悪化し、趨勢的なディスインフレを引き起こし、2023年にはインフレ率が目標のベースラインまで低下することを示唆している。
FRBは、労働市場に減速の兆しが見えない以上、少なくとも12月のSEPで予想されたターミナルレートまで利上げを続行し、タイム・ラグ効果を考慮してピークレートを長期的に維持し、それが実体経済に浸透するのを待つことになると考えられる。 尚、過去45年間、FRBは利下げ開始前に平均7ヶ月間ピーク金利を維持してきた。
直近のSEPによれば、失業率4.6%はFRBが金融政策を再評価し、雇用と物価安定を比較検討するための暗黙の閾値であるように思われる。この水準になると、景気減速を意図した引き締め政策が労働市場の縮小により持続的なディスインフレを引き起こし、ベースラインのインフレ目標達成に十分な勢いをつけると予想される。しかし、過去の例から、失業率が一度0.5%上がると勢いを増して継続的に上昇する傾向があるため失業率4.0%も重要なレベルと考えられる。
要約すると、今後FRBは利上げを続け、3月又は5月頃に利上げのピークを迎えた後、労働市場の堅調さを考慮し、少なくとも過去の平均値である7ヶ月間ピークレートを維持すると思われる。 そうすると2024年初頭にはFRBは金融政策を再評価する段階に達していて,恐らく2024年第1四半期にピボット(政策転換)のシグナルを示唆し始めると考えられる。
この一連の流れは、本年度第2四半期から下半期にかけて収益不振が広範囲に広がることで、労働市場が徐々に減退し、やがて失業率が加速するなど、実体経済が引き締め政策にFRBが意図する反応をすることが条件となる。 以前の記事に記載したように、失業率4.6%は、過去のデータから失業保険申請件数260万~270万件に相当する。 失業保険申請件数が週平均で2万4千件増加することを基準にすると、失業率4.6%を達成するには約11ヶ月間かかることになり、そうすると、これも来年度第一四半期が分岐点だと考えられる。尚、直近の新規失業保険申請件数は19万件であり、労働市場が依然として堅調であることが分かる。また、バイデン政権が2024年秋の大統領選挙を前に政策変更を望むことを考えると、やはり来年の第一四半期がターニングポイントとして考えられる。
このシナリオには注意点がいくつかある。第一に中国の再開がインフレをもたらすリスクである。 GDPの1.8%に達するという試算もある巨額の余剰貯蓄は、低迷する世界経済にとって必要不可欠な景気刺激要因となる。しかし、中国の景気回復が物価上昇をもたらすことからインフレを誘発するリスクもある。インフレが進行した場合、FRBを含む他の中央銀行は、より制限的なスタンスを長期的に維持することが考えられる。
第二に、市場の流動性に関する考察である。夏にかけて債務上限交渉が近づくと、TGAからの資金放出が予想されるため、市場に純増の流動性が注入され、その結果一時的に金融情勢が緩和され、それによって引き締め期間が延長される可能性がある。ただし、財務省は債務上限交渉後にTGAを大幅に増強し、市場流動性を低下させ、金融情勢を実質的に引き締めることで対抗することも考えられる。その場合、債務上限交渉の前後数か月間、市場は荒い展開になると思われる。
インフレ率は基準値である2%まで低下するのか?
インフレがピークに達したことは間違いなく、今後も引き続き低下することが予想される。 しかし、重要な問題は、インフレ率がベースラインの目標レートである2%まで低下するかどうかである。
インフレのダイナミズムは、景気循環的(シクリカル)な要素と、長期・構造的な要素(セキュラー)による二分構造である。 シクリカルなインフレは、金融政策の影響を大きく受ける。 従って、現在の引き締め金融政策により、金融情勢が引き締まり、その結果、労働所得が減少し、住宅市場が冷え込み、消費が減少し、最終的にはシクリカルなインフレが減少するのが一連の流れである。
一方、金融政策は長期的な経済トレンドを決定する構造的な側面に関連しないため、セキュラーなインフレには影響を与えない。
過去20年間、グローバル化の進展、地政学的安定、良好な人口動態、労働力の拡大など、ディスインフレの構造的なセキュラーの要因が、低インフレを維持しつつ経済発展を促してきた。中国の生産性向上は、過去20年間の世界経済を牽引してきた最も顕著なディスインフレの促進要因である。さらに、このディスインフレ効果が世界に輸出され、生産性上昇と景気拡大が長期に渡って続いた。
しかし、脱グローバル化、ESGの加速、地政学的リスクの高まり、進行する高齢化、労働者人口の減少などの引力によって、セキュラー要因がシフトし、世界は高セキュラーインフレ体制に突入しようとしている。
また、前述の要因に加え、インフレ削減法やインフラ投資雇用法などの財政投資により、インフレプレッシャーが継続的に働くと思われる。
以上のことから、インフレ率が目的の基準値まで下がらないリスクがあり、そうすると、インフレがどこで落ち着くかは誰も予測できない。5%、4%、あるいは3%まで下がるかもしれないが、ベースラインの目標である2%の達成は、経済が崩壊してデフレに突入しない限り、困難であると考えられる。
これによりFRBは、過去20年間の低インフレ環境下で可能であったFF金利を名目中立金利以下に引き下げたような緩和政策をとることができなくなると考えられる。つまり、FRBが最終的にどの水準まで利下げを行うことができるかは、その時々のインフレ率に依存し、高セキュラー・インフレ環境下でFF金利が中立金利を大幅に下回ることは考えられにくいため、今後の緩和サイクルは劇的に異なる展開になると思われる。
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