債券市場は、過去40年間有効であった同じプレイブックに回帰し続けている。しかし、現在の中核的な問題はこれまでとは全く異なっている。過去40年間、米国経済が5%を超えるインフレを長期間経験したことはない。つまり、債券市場が同じパターンに回帰しているのは、まぎれもなくFRBプットに対する油断と信頼があることを示唆している。
では、債券市場は何を想定しているのだろうか?これについては過去の記事で詳しく述べているので、本稿では、債券市場の想定がどのように展開されるかを説明し、それが現実的なシナリオであるかを検証します。
債券市場は、今後12ヶ月の間にインフレ率が急速に2%台まで低下すると確信的に見ている。1年のインフレーション・スワップは2.3%、5年と10年のブレークイーブンも2%台である。これに対してFRBは2023年度末のコアPCEを3.5%と予測。さらに、債券市場は、2023年後半に約40ベーシスポイントのFF金利の引き下げを織り込んでいる。それでは、インフレ率が2%まで急激に減速し、FRBが政策転換した場合、経済はどのようになっているのか?
まず、これだけ急激なスピードでインフレ率が低下すると、もはやディスインフレではなく、デフレになる。急激なデフレの中で経済は悪化し、失業率は5.5%を超えていることが考えられる。このような環境では、インフレが魔法のように2%で止まることはないだろう。また、このようなデフレが急速に進行する環境では、ボラティリティが急上昇し、リスク資産のキャピチュレーション・セールが発生及びクレジット・スプレッドが大幅にワイドになり、間違いなくFRBは政策転換をする。これは、要するにハードランディングになる。
では、ハードランディングでない場合はどうか。その場合、FRBが壊滅的な景気後退を防ぐために適時に政策転換を行い、しかしインフレ率を2%まで低下させることに成功したことになる。これはまさにソフトランディングになる。しかし、前回の記事で述べたように、現在のインフレサイクルの局面で、インフレ率が著しく低下して目標の2%を達成するには、労働市場の大幅な減速が必須条件である。そして、そのためには失業保険申請件数が短期間で急激に一貫して増加する必要があるが、労働市場の堅調さを考えると、その可能性は低いと思われる。さらに、原油スポット価格の影響を受けつつも、長期的な経済見通しを反映した長期インフレ期待は、現在2%台で推移している。これは、債券市場がトレンド以下の経済成長が長期化するリスクを示しており、ソフトランディングのシナリオには当てはまらず、むしろハードランディングのシナリオになる。
そうすると、債券市場が想定する展開はハードランディングとソフトランディングの中間かもしれない。しかし、それははっきりしておらず、この不明確と不整合性さから、私は債券市場が想定しているプライシングに慎重になっている。言い方を変えれば、債券市場はFRBの政策転換を楽観視しすぎており、インフレの定着性とFRBのインフレ抑制へのコミットメントを過小評価していると思われる。これはFRBのプットがないと言っているのではない。しかし、プットの行使価格は債券市場が想定するよりもかなり低いと考えている。
では、FRBは何を想定しているのか。SEPはそれを理解するための最適な情報源であるが、SEPはFRBが市場を誘導するためのツールであるため、一定の注意を払って考慮する必要がある。
第一に、前回の記事で2023年のGDP予想が0.5%に修正されたことを取り上げた。これは明らかに低調な成長率だが、まだプラス成長であるため、厳密にはリセッションとは言えない。しかし、予測失業率4.6%(4.4%から修正)と合わせて考えると、FRBが暗黙的に景気後退の前兆を示唆していることがわかる。では、もしFRBがマイナス成長であるとSEPで明言した場合、市場はどう反応していたか。リスク資産の大幅な売りが発生し、すでに流動性が逼迫している市場の他の部分にもストレスがかかっていたと思われる。FRBは金融情勢を引き締めるためにリスク資産の売却を望んでいるが、それはあくまで整然と行われた場合である。そうすると、FRBがすでに0.5%の低成長GDPを示唆していることから、現実的にはマイナス成長、つまり実質リセッションを予測していると考えられる。
第二に、最新のSEPと過去2四半期のSEPを比較すると、FRBが明らかにタカ派的になっていることがわかる。債券市場はFRBがすでに過剰な金融引き締めをしており、リセッションは必至と見ている。それに対して、パウエル氏は先週のFOMC後の記者会見で、引き締め政策が十分に制限的ではなく、更なる引き締めが必要であるとの見解を示している。
では、制限的とは何なのか。これを理解するためには、実質FF金利を参照する必要がある。ここでいう実質FF金利とは、名目FF金利からコアPCEを差し引いたものである(下図)。現在の目標FF金利の上限値を基準にすると、実質FF金利は-0.5%であり、これはパウエル氏が言及したように制限的な水準ではないのが分かる。しかし、12月のSEPでは2023年12月から2024年12月にかけて名目FF金利が100ベーシスポイントの利下げを示しているのに対し、実質FF金利は二期連続で1.6%と予測されている。つまり、FRBが制限的な姿勢を維持するために、名目FF金利をコアPCEに対して160ベーシスポイントのスプレッドを維持する必要性があるということが分かる。同じことが9月のSEPについても言え、当時の名目FF金利は直近の予測より20ベーシスポイントから50ベーシスポイント低いが、実質FF金利の予測は1.5%から1.6%であった。

実質FF金利の目標をコアPCEに対して160ベーシスポイントのスプレッドに引き上げたのは9月のSEPからであり、6月のSEPでは実質FF金利は0.7%から1.1%であった。この、実質FF金利の引き上げはFRBがインフレ抑制に乗り遅れていることと、金融政策をはるかに制限的にする必要があることを6月から9月にかけてFRBが認識したことを示唆している。
歴史的に見れば,FRBは1960年以来,大半の期間においてプラスの実質FF金利を維持してきた。 しかし、2008年のGFC以降、一連の緩和策(実験的なMMT)を通じて、FRBは実質FF金利を緩和し、長期トレンド以下に抑えてきた。

現在のFRBの優先課題は、インフレ抑制のために実質FF金利を制限的な水準まで引き上げ、その後は金利環境を正常化するためにプラス水準の実質FF金利を維持することを求めていると思われる。しかし、現在の経済は過剰な債務を抱え、実質金利を長期間プラスに維持することは極めて困難である。 しかも債券市場は巨大で非常に複雑であり、現在の根底にある複数の不確定要素を考慮すると、流動性問題が発生しやすい。 FRBと財務省は、最近の英国債市場の暴落後に見られるように、金融システムに一時的な流動性を供給する様々な手段を持っている(ステルスQE)。 しかし、それでも金融システムで何かが破綻するリスクを完璧に排除することはできない。 特にブラックスワン的なクレジット・イベントが発生した場合には、あらゆる方策が講じられ、QEも実施されることになる。

今後の記事で市場流動性を測る方法をカバーする予定です。今のところ、この記事のポイントとしては、名目金利だけに注目するのではなく、実質金利を分析してスキューの方向性を把握し、投資戦略の中心核として行使価格がインザマネーまたは、ネアザマネー的な暗黙のFRBプットのみに依存しないことです。
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